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Page: パサルガダエ

  • キュロス2世の墓

<Wikipediaより>
パサルガダエはペルセポリスの北東87キロメートルに位置し、現在のファールス州にある。パサルガダエは、ペルシャ帝国の最初の首都であり、紀元前546年に、キュロス2世の手によって建設が開始された。しかし、その建設は途上に終わった。というのも、紀元前530年前後の戦争中に、キュロス自身が死亡したからである。ダレイオス1世がスーサに遷都するまで、パサルガダエは、ペルシャ帝国の首都として機能した。現在の名前はギリシャ語が起源である。

パサルガダエ考古遺跡は、1.6平方キロメートルの広さであり、キュロス2世の墓と伝えられる建造物、丘の近くにそびえるタレ・タフト要塞と2つの王室の庭園から構成される。パサルガダエに残る庭園は、イランで最初の四分法に基づいて建設されたペルシャ式庭園である。庭園部分は、パサルガダエ考古遺跡とは別に、2011年、UNESCOの世界遺産に登録された。
パサルガダエ考古遺跡で最も重要な部分は、キュロス2世のものと伝えられている墳墓である。6段の階段が墳墓へとつながり、墓室は、高さ2.11メートル、幅2.11メートル、奥行き3.17メートルの大きさであり、低くて狭い入り口を持つ。キュロス2世の墳墓という確証はまったく無いわけだが、ギリシャの歴史学者がアレクサンドロス大王がキュロスの墓であると信じていたということを今日に教えてくれている。アレクサンドロスは、ペルセポリスを破壊したときに、キュロス2世の墓を訪問したとされる。2世紀の歴史家であるアッリアノスは、「アレクサンドロスは、彼の部下の戦士であるアリストブレスに墳墓の中に入るように命令した」と記録した。墓の中には、金色のベッド、杯とテーブル、金色の棺桶、高価な宝石がちりばめられた装飾品と墓碑を見つけ出した。現在では、それらの痕跡は無い。

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